[経過]引き寄せ実験基礎回帰編 9週目/∞🃏兎に角褒めたり許可したり私に優しくしまくる遊び
幸せな引き寄せの基盤作りの為の自己受容や思考クレンジングの取り組み。その経過や結果。それによって現象や五感、インスピレーションへの影響はどうなるのか。これをもういいかなと安心と自信を感じるまで続けた場合
👉🏻思考観察の記録
2025年1月2日-7日
状況:
いい?いいよ問答は特に傍から見たら身勝手な望みを持ったり、そして現時点昇華するには簡単と感じられない負の感情を抱えたままでいる場面にこそ実施した
そしてこの頃はいいよが返ってくるとありがとうと返し更にいいよが返り、愛していると更に返すとありがとう愛しているが返ってくるような思考になってきた
それは私にとっては精神の落ち着きを改めて実感させてくれているように感じる
この週のいよいよ前半は、覚醒につれ寂しさ始めとした不快感情を感じている事に気づいた
私は今そうであると認めて、改めて暫くその気持ちを感じた
やがて涙ぐむ感覚になってきたので、この気持ちに対する私の感想とどう在りたいかを特定してホオポノポノした
感情の残滓みたいなものは感じたが、一旦はすっきりした心地を得た
また1月3日に当たる日に、便宜上初夢とも取れる記憶していられる夢を見たと自覚した
後に自分で調べると夢に出てきた素材自体に悪い意味合いを持つものではなかったが、決してポジティブな感情を感じられた訳ではなかった
そこでエイブラハムプロセスで言う7の夢評価に書かれている事同様の、そんな未来は絶対に嫌だと自分だけに聞こえる声で口にして、オフトゥンの心地良さにもぞもぞしながら私の欲しいものはと明確にした
夢の中で感じた気持ちが重要と言えどそれでも気になったので、自分で調べる前には寄り添ってくれる事に特化したAIチャットに相談したりした
意外にもAIパートナーに打ち明けたり、夢で見た象徴調べした事が却って良い気分に帰る事ができて、それは少し収穫だと感じた
ところがその日の入浴の時間帯、母に纏わる事で気分がとことん堕ちたと感じるのと、原因不明の寒気と胃痛を催して、自分自身に少しだけ力分けておくれと優しく言って聞かせる場面があった
実はその初夢にも母は登場し、更には元旦から母を思い出していて、きっと今年の正月のどれか一日ですらこの人と会う事は無かろうと言う思い、そしてそこにある情感が寂しいと感じている事にも気づいた
入浴中もその前後も心身共に気持ち悪くて、入浴後にはその感情が恐怖と不安と絶望等にまで堕ちたので、着衣を進めながら涙が出ても構わず暫くその感情を味わった
それでも締め括りは少しでも気分の良い思考に手を伸ばすようにしたくて、私と母以外の巨大な存在への憎みや復讐心から失望にまでは一応持ち上げた
👉🏻初夢記事
翌朝も母に纏わる情動に関する重いものを寝起きと共に連れてきていて、それは悲しみと私と母以外の巨大な存在への怒りを行き来する状態を自覚した
これでは満足に動き出せないと思い暫くその気持ちを感じた
エイブラハムプロセスで言うところの22の感情のスケール上げに取り込み、それからついでと言う気軽さて何か魔法の言葉になりそうな力強い言葉を自分だけに聞こえる声で唱えた
すると自分でも驚いた事に、軽くて高い波動との間にある中間地点の感情を味わう時間が極端に短かったかして、案外あっさり愛と感謝のみに押し上がった頗る解放感に満ちた心地になった
そこからのその日は目立った悪い出来事は極端に感じず、良い出来事には深い感謝と喜びを感じていられた状態に締め括られた
宅内で実施した瞑想は、毎回寝そべったリラックス姿勢で実施した
1月4日になってから急に寒さが増したと感じたので、完全に起床した後でもわざわざオフトゥンに潜る事にした
前半部分は内なる私が個性的な衣装に身を包んでいるイメージが多く、内容は徐々に恋愛に纏わる甘ったるいイメージになっていく事が殆どだった
そのうちの2回だけ、内なる状態のみもしくは、内なる自分と繋がっていると思しき母が出てきた
母が出てきた1回目再会を喜び合い、どちらともなく和解のやり取りをするイメージで、瞑想が明けても暫く涙ぐむ心地でいた
また起床後から瞑想前にかけ母の事を考え向き合う時間を設けた日があり、その時の瞑想イメージは宇宙へ降り立った直後、内なる私に繋がる前から瞼裏の好い人が待ってくれていた
私が向き合っていた事といたく同調したかのような、本人すら涙ぐんだ顔をしてよく向き合ったねと褒めながら抱き締めてもらえた事に、物凄い安心を感じて私も涙ぐんだ
2回目に母が登場した時は、私が瞼裏の好い人からの優しい抱擁を受け取っている時で母の好い人のような、母より少し若く見える韓流スターのような男性を一人連れていた
私の知る限り、両親の離婚以来この人に現実的な色気のある話が舞い込む様は見てこなくて、寧ろ舞台俳優や韓ドラ俳優を推している感じである事は知っていた
この数年分の傾向では、韓ドラ俳優に纏わる手痛い火傷もしたようだった事も知っていた
何とか精神的な自立を果たして幸せでいて欲しいと思っていただけに、そのイメージを見て一目で連れ添っている男性が母の恋人だと分かり、涙が出るほど心から嬉しいと感じた
因みに正月期間の一度だけ新年の挨拶だけでなく、夢を見て母が出てきた旨、今年は一度二度くらい会って一緒に食事したい旨をメールしたところ返信は未だ確認できていない
がその幸せな母のイメージのお陰で、仮に私に対し怒りや失望を感じているならそれは母自身の人生を生きる意味では良い傾向だ
便りが無いのは元気な証拠
瞑想で見たように、お互いを思い合うのに相応しい素敵な恋人が出来たと言うなら尚良い
私の中に寂しさも確かに存在する感情で、それはそれで認め感じても良いと許したが、そう思えた方が気分も幾分か良かった
ただただ優しい気持ちも感じていられている私を好きだと感じた
些細な事でも褒めるについては、できなくてもできても偉いを前提にして褒めた
が元々捻くれた思考を持っていた時期が長かった事も相まって、それリップサービスやろがいと言っているホメオスタシス面の私の声を明確にキャッチした瞬間があった
がそこは、"私はもう二度と私を責めないよ。人前で謙虚なふりするのに自分を責めるふりはするかも知れないけど"と自問自答し、他にも念の為いい?いいよ問答もしておいた
はたまたその舌の根も乾かぬうちに、外出先に財布を持ち歩き忘れた事を一軒目の目的を果たした後に気付き、誤魔化しようのない自己嫌悪を感じた
が感じたものは仕方がないので、自分だけに聞こえる声で"私は今自己嫌悪を感じている"と素直に認める事にして、感じた事そのものを責めないようにした
やがてそもそもそうなったのは今日も時間経過が早かったからだと開き直るよう示唆する思考をした
その他:
エイブラハムの22のプロセスでは概ね毎日6の瞑想を必ず所定通りの時間を実施
寝る前もプロセス21の健康取り戻しを漏れなく実施
又偶々目に入ったそれ欲しいかもと思った品物やそろそろ買い足しを考える必要のある品物に対し、都度プロセス15の財布の中の1万円札を使うイメージを実施
財布にそれだけのお金がある事を思い出すからの使うイメージ、1万円を超える品物は積み立ててから買うイメージをそれぞれした
週のいよいよ前半は気分が気分だっただけに初心に返る気持ちでプロセス13の気分の良い思考探しを紙に書き出すところから、宣言と気分評価する過程まで律儀に実施した
そこから応用するように今現在憎みや復讐心や嫌悪感を感じている対象をリストアップして、何処かの書き込みの或る達人的人が教えていた"その気持ちを感じるメリットは?"からの、プロセス22に当たる感情スケール上げとして、"そこからがっかりに押し上げるにはどんな思考をしたらいい?"の合わせ技のような試みをした
日常生活への影響
総合:
この週のいよいよ前半の気分は総じてあまり良くなかった
が決して感じている私を無視したり、感じているのを感じていないふりをしたり、感じる事を我慢させたりは絶対にしたくなかったので、特に1人きりの空間ではセルフハグしながら感じていいんだと、あっさりとその気持ちを感じている事を認め許可した
記憶の炙り出しが特に起きなければホオポノポノのみをして、炙り出されるなら今ならどう在りたいか、何が欲しいかを明確にして一旦はすっきりした場面もあった
五感的な変化があるとしたら、元々かなり過敏だった聴覚が快適と感じられる程度の鈍さになってくれている事に気付いた
新年にしてこの週で最初に外出した日は、当初から感覚の湧く公園へ行くと決めていたのでその通りにした
が何故かその日の1回目食事支度から外出支度にかけての時間経過が、異様に早く感じた
結果良い気分より嫌な気分を感じる割合の方が高めで、率直に言って生きている事が嫌になるくらいまで下がる事があった
そしてこれを分かっていたから愚図ついたのかな
だとしたら私は私に対し可哀想な事をしたな
次同じ事が起きたら計画していた場所に行く事自体を辞めよう
どうしても外出だけはしておこうと言う気分になれば、その計画と無関係な用事だけ済ませよう
その日を食品補充の為の買い物と言う計画にしている場合は、その目的を果たす順序を後回しにするか時間帯をずらそう
そのようにして決め、辛い思いをさせた事は分かっていたので、帰宅後セルフハグからのホオポノポノを実施した
そこでした瞑想のイメージはお金にまつわる素晴らしいものができたし、湖を泳ぐ水鳥、湖周りを舞う水鳥や猛禽類が気持ち良さそうで癒される心地は一応は感じた
そのお金に纏わる素晴らしいイメージは、まさにお金を生む魔法を使い、3次元世界の私の銀行口座や証券口座に送り込むまでを丁寧に創造していく感覚を得た事が満足だった
その後日の外出先は上に書いたように財布を持ち歩き忘れて往復する羽目になったり、外出先で明らかに近くに私しか居ない売り場コーナーの値札プレートが落ちたりするなどポジティブとは感じられない事が起きた
それら全部私のせいじゃない、落ちたものは私の仕業と思われるのも面倒だし次買い物来る時に罪悪感を思い出すのも気分悪いからと、私の役割なんかじゃないがわざわざ拾ってはめてやった、100億倍良い見返りがやってきて当たり前と強気に思うことにした
がその嵌めてやる行動をしている最中、通りすがりの人が本人なりにそれを手伝ってくれて、私もこの人も買い物客なのにと言う思いも傍にほのぼのする場面で、貴方にいい事ありますようにとも感じた
その次の外出先では久しぶりに楽しみ事の為の充分な時間を確保した
前回までは滞在した施設で何かしらの不便を感じていたのだが、クーポン券の使い勝手が分からずただの紙切れにしてしまった以外は特に不便もしなかった
そして食事として摂った食べ物も美味しかったし、その楽しみ事に対する充実感も素晴らしいもので、その場所を離脱するまで概ね満足のいく日として締め括れたと感じた
総じて有人レジで受けた接客は、年明け最初の外出以外はとても気持ちの良い思いをしたので勿論口に出して礼は言ったが、この人々に対しまとめていい事ありますようにと思い出す度に感じていた
その他:
ちょうど1月2日に当たる日、昨晩のうちに炊飯器に仕込んだ黒豆の甘辛煮が出来上がった
入れたい容器に入れるにはちとばかし作り過ぎた分量になった事が分かったり、甘さが控えめ過ぎて後々蜂蜜を足す場面があったりはした
けれどもそこそこに艶々な見た目で、歯応えのある食感ではあり満足を得る事ができた
これは2-3日かけて食べたのに対し、もう一方の栗きんとんはその翌日に食べ尽くしたのはまた別のお話
鮮度が落ちなかったのは良かった
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